稲川淳二 今年も全国行脚 怪談ジジイになりたい

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稲川淳二

稲川淳二 今年も全国行脚 怪談ジジイになりたい
東京新聞 TOKYO Web 2013年7月19日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2013071902000118.html
怪談の名手、稲川淳二が今年も全国行脚する。オリジナルの怪談は四百話に上り、最近では野外ロックフェスにも引っ張り出される。前立腺がんを乗り越え、八月で六十六歳。「怪談ジジイと呼ばれたい」と意気込んでいる。(藤浪繁雄)

「幼いころね、母から聞かされたんです。あそこには絶対に行ってはいけないって」

インタビューの冒頭、稲川が何かにつかれたように話しだした。

東京・恵比寿に生まれた稲川。家の近くを流れていた目黒川の向こうに、古い洋館が立っていた。そこは、子どもが行ってはいけないときつく言われていた場所だった。

「空き家だけど鍵が開いていました。友だちと中に入ると突然、電話のベルが鳴りだしたんです」

母や親類から聞いた怪談は子ども心を引きつけた。洋館の話をはじめ、気味悪い場所の謎を後になって調べたという。

「庭の草が風に鳴る音が赤ん坊の泣き声のようだとか聞いていました。洋館の庭に赤ん坊が埋められていたという話が出てきたんです…」

生まれたのは終戦まもないころ。東京には、無数の不運や不幸があったのかもしれない。「僕の怪談にはいろいろな人の思いがこもっているんです」とポツリ。

怪談を語り始めたきっかけの一つは、DJをしていたニッポン放送の「オールナイトニッポン」。受験勉強中のリスナーを、怪談で楽しませようとした。本格的に怪談ライブを始めて二十一年目。八~十五分の話を一つのライブで八つぐらい披露する。

「一年のつもりが二年になり、あっという間ですね」。怪談に打ち込もうと、テレビ出演は抑えている。「“あっちの世界”に行っていることにしています」と笑う。

《その人形は生きているに違いない。来るぞ~と思った。家のドアのすき間から白いおかっぱ頭がのぞいているんですよ…》

稲川怪談の中でもファンの間で「かなり怖い」とされる「生き人形」の一節だ。

語り口は優しく淡々としているが、ドアがギイィィ…と開いたり、げたがカラ~ン、コロ~ンと鳴ったりと、巧みに擬音を操る。じわじわと不気味さが伝わり、どんどん恐怖が増す。

怪談は、毎年のように全国を回る素材集めの旅から生まれる。数年たって、うまく組み合わすことのできる素材が見つかり、一話にまとまることも珍しくない。

「土器の破片のようです。採集してしばらくすると、ピタッと合うものが出てくるんです」

肝心なのは観客の想像力をかき立て余韻を残すこと。「おっかないけれど、お客さんが笑って会場を後にできるように」とこだわっている。

「四十代の時は、まだ“若いおじさん”だった。そろそろ怪談をやっていい年齢になったかな。前立腺がんを昨年手術しましたが、経過は良く、気力、体力が充実しています。今のうちに下地をつくって、怪談ジジイになりたいですね」

◆野外フェスで好評
野外ロックフェスでは、怪談を語り終えると「いつもスタンディングオベーション」(稲川)。北海道の「ライジングサン」への参加は今年で5回目。「音楽以外にも楽しみを求めるお客さんも多く、怪談は特に好評」(広報)という。7月20日の埼玉・三郷市文化会館を皮切りに、10月まで35公演を予定。問い合わせはオフショアー=(電)03・5300・9718。
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大嫌韓時代?(笑) 在特会VSシバキ隊?(笑)
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