沖縄密約認めた吉野文六氏死去

沖縄密約認めた吉野文六氏死去
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沖縄返還時の密約認めた吉野文六氏死去
NHKニュース 3月31日 11時20分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150331/k10010033591000.html
外務省の元アメリカ局長で、昭和47年の沖縄返還の際、本来アメリカが負担すべき費用を日本が代わりに支払ったとする「密約」があったことを、当時の政府関係者として初めて認めた吉野文六氏が、29日、亡くなりました。96歳でした。

吉野氏は、長野県の出身で昭和16年に外務省に入り、昭和46年からおよそ1年半の間、当時のアメリカ局長を務め、沖縄返還交渉を担当しました。その後、外務審議官や西ドイツ大使などを歴任しました。

吉野氏は昭和47年の沖縄返還の際、本来、アメリカが負担すべき基地撤去後の原状回復費用を日本が代わりに支払ったとする「密約」があったことを当時の政府関係者として、後に初めて認めました。

そして、平成21年には「密約」を巡る裁判に、証人として出廷し、密約の存在を裏付けるとされる外交文書に、みずからのイニシャル「BY」で署名したことを証言しました。吉野氏は29日、横浜市の自宅で亡くなりました。96歳でした。

生前の吉野氏「歴史にうそ言えない」

吉野文六氏は、日米の「密約」問題を検証する有識者委員会が報告書を出した平成22年3月、NHKのインタビューに答え、「密約」を認める証言をした理由について「歴史に対してうそを言っちゃいけない。長い目で見てうそを言うような国には国民はついていけない」と話していました。またみずからがイニシャルでサインした「密約」を裏付けるとされる外交文書がアメリカで公開された一方、日本では見つからなかったことについて、「日本の場合、必要のないものは情報を知る必要もないし、知らせてはいけないという形で仕事をしてきた。官僚組織の中には排他的なものがある」と話し、外務省に対し、外交交渉について適切に記録を残すよう求めていました。

さらに吉野氏は、同じ平成22年3月、みずからが関わった「密約」を昭和46年にスクープし、機密文書を違法に入手したとして逮捕された毎日新聞の元記者、西山太吉氏とおよそ40年の時を経て対談し、国家機密や情報公開などについて意見を交わしました。

この中で吉野氏は「アメリカで沖縄返還交渉の文書が次々に公表されるなか、いつまでも秘密にする理由はないと思った」と改めて「密約」を認める証言をした理由を話し、西山氏は吉野氏の証言を「政府の密約調査のきっかけになった」と評価していました。
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沖縄密約
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沖縄密約認めた元外務官僚・吉野文六氏が死去
News i – TBSの動画ニュースサイト 2015年3月31日(火)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2458270.html
沖縄返還の際に、日本とアメリカ両政府の間で、返還に係る経費を日本側が肩代わりする「密約」があったことを認めた元外務官僚の吉野文六氏が亡くなりました。96歳でした。

吉野氏は、アメリカ局長を務めた1971年から72年に、アメリカとの沖縄返還交渉に当たりました。日本政府は、当時、沖縄のアメリカ軍用地の原状回復にかかる費用およそ400万ドルを日本側が肩代わりするという「密約」を結んでいました。

後に「密約」を裏付けるアメリカ側の公文書の存在が明らかになり、2006年、吉野氏は政府関係者として初めて、「密約」の存在を認めました。(31日15:31)
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