日航123便墜落から31年

日航機墜落事故で亡くなった吉田由美子さん=吉田公子さん提供
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20150811002886.html
http://archive.is/R5nmO
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北原遥子 元宝塚歌劇団・雪組娘役 本名 吉田由美子
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港区三田の玉鳳寺。由美子が眠る寺である。

入り口に地蔵堂を持つこぢんまりとした寺で、入り口の地蔵尊は「化粧地蔵」。俗に「おしろい地蔵さん」と呼ばれていて、顔のアザや傷を治すと言われている。

この寺に吉田家が墓所を持つことになったのは、先代の住職が、桐ヶ谷斎場で行われた通夜と葬儀の際に読経をあげてくれた僧侶のひとりだったことによるものだが、美しかった由美子が、容貌にまつわる悩みを救う寺に葬られているというのも、不思議な因縁という気がする。

「恵正院清蓮美遥大姉」というのが由美子の戒名で、「吉田家之墓」と書かれた墓石には、由美子の笑顔の写真が飾られ、造花や生花で、その一画はいつも華やいでいる。この玉鳳寺には、事故の一周忌に聖観世音菩薩(通称・美遥観音)が建立され、犠牲者の魂を供養するその観音像は、モデルである由美子の面影を宿して、美しい微笑みを浮かべ墓地を見守っている。

由美子へ・取材ノート – 宝塚プレシャス – 朝日新聞社(Astand)
http://astand.asahi.com/takarazuka/yumiko/TKY200708130132.html
http://archive.is/0YAES
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玉鳳寺(ぎょくほうじ) 山門
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化粧延命地蔵(おしろい地蔵、港区登録有形民俗文化財)
山門横の地蔵堂に安置されている。
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玉鳳寺(ぎょくほうじ)所在地 東京都港区三田4-11-19
都営地下鉄三田線・東京メトロ南北線 白金高輪駅2番出口より徒歩5分
都営地下鉄浅草線 泉岳寺駅より徒歩約15分

北原遥子が眠る玉鳳寺は、北原遥子が日航123便墜落で逝去して久しい今も、宝塚時代に北原遥子と最も仲がよかったという黒木瞳はじめ、北原遥子をしのぶ人たちの参拝が絶えない。北原遥子が逝去した8月は特に、参拝者の数が増えるという。
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小学6年生で事故にあった滝下裕史君=滝下政則さん提供
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20150811002855.html
http://archive.is/Vv5tf
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■11歳の次男亡くした夫婦「少しでもそばに」

東京都大田区の滝下政則さん(75)、妻の史代さん(72)は「家族仲良く元気でいられるように見守って下さい」と書いた灯籠をそっと川面に浮かべた。

事故で次男の裕史君(当時11)を失った。運動会で応援団長を務めた一方、史代さんのひざの上でテレビを見る甘えん坊。プロ野球選手が夢で、兵庫県の親戚宅に一人旅で向かう前に「甲子園で高校野球を見たい」と話していた。

事故から9日目、見慣れたうなじを残した頭部の一部が見つかった。毎週、遺体安置所に通い、赤いスニーカーをはいた足が2カ月後、腕が4カ月後に見つかった。「これで大好きな野球が出来るね」。軽い骨つぼを手に2人で涙した。

年3回、慰霊登山を続けてきた。コーラやオレンジジュースだったお供えは成人するはずの年、缶ビールに変わった。「どんな大人になったか想像するけど、ずっと顔は11歳のままなんです」と史代さんは話す。

政則さんは心筋梗塞(こうそく)を患い、慰霊登山は今年で最後かもしれないと思う。だが、車で登山口までは行き続けるつもりだ。「少しでもそばにいてあげたい」
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慰霊登山する(左から)美谷島真さんと芽生ちゃん、邦子さん
(12日午前、群馬県上野村で)=橘薫撮影
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御巣鷹の記憶「次代へ」
日航機墜落31年 遺族会活動 母を手本に

520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故から31年となった12日、墜落現場「御巣鷹の尾根」(群馬県上野村)の麓にある追悼施設「慰霊の園」で慰霊式が営まれた。遺族ら214人が参列し、慰霊塔に白菊を献花。その後、塔を囲むように立てられた520本のロウソクに火をともし、墜落時刻の午後6時56分、全員で黙とうをささげた。

この日は早朝から慰霊登山が行われ、77家族、273人の遺族が登った。その中には、当時9歳だった弟の健君を失った東京都大田区の会社員美谷島真さん(44)の姿もあった。

事故当日、美谷島さんは健君とけんかをした。そのまま別れてしまったことを悔やみ続けてきた。毎年8月12日の慰霊登山に参加してきたが、尾根にある弟の墓標の前に立つのがつらかった。

気持ちが変化したのは、事故から25年たった2010年。遺族会「8・12連絡会」事務局長を務める母の邦子さん(69)が出版した「御巣鷹山と生きる」を読んだ。ジャンボ機に健君を一人で搭乗させたことを深く後悔しながらも、再発防止などを訴える遺族会の活動を続けてきた邦子さん胸の内を知り、「自分も事故を伝える役割を果たさなければならない」との思いを強くした。

遺族会の活動を手伝ったり、勤務先の同僚らに働きかけ、日航の社員教育施設「安全啓発センター」(東京)を訪れたりするようになった。尾根に登る回数も増やし、8月12日だけでなく、春の開山日の直後や、11月の閉山日にも訪れている。

この日は長女の芽生ちゃん(3)を連れて登った。「健おじさんと同じ飛行機に乗って、たくさんの人が亡くなった山のお墓なんだよ」。健君の墓標の前にギターや新幹線のおもちゃを供え、一緒に手を合わせた。「今は分からなくても、語り続けることでいずれ伝わる」と思う。

今後、邦子さんの活動を支え、遺族会の仕事を引き継いでいきたいと考えている。「母たちの姿を手本にして、次世代の遺族とも連携をとり、継続して声を上げていきたい」と話した。
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御巣鷹で追悼式典始まる 午後6時56分に520本の灯火(16/08/12)ANNnewsCH
https://www.youtube.com/watch?v=kNTHjbQJcwA
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遺族高齢化・・・杖突きつつ墓標へ 日航機墜落から31年(16/08/12)ANNnewsCH
https://www.youtube.com/watch?v=uO77_jyTPDY
「事故語り合える場増やしたい」 日航機墜落から31年(16/08/12)ANNnewsCH
https://www.youtube.com/watch?v=fKxu4Ws6CHc
日航機墜落事故 あす31年 遺族らによる灯籠流し(16/08/11)ANNnewsCH
https://www.youtube.com/watch?v=C4W4PVmmtNc
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JAL日本航空社員 滑落死 御巣鷹
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御巣鷹の尾根でJAL職員が滑落死 登山道の整備中(16/07/24) ANNnewsCH
https://www.youtube.com/watch?v=0jASItLDk7Y

御巣鷹の尾根でJAL職員が滑落死 登山道の整備中(2016/07/24 00:22)
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000079832.html
日航ジャンボ機墜落事故の現場となった群馬県上野村の御巣鷹の尾根で、登山道の整備をしていた日本航空の男性社員が斜面から滑落して死亡しました。警察によりますと、23日午前10時前、上野村の御巣鷹の尾根で、日本航空の社員・相馬裕さん(59)が斜面から約50メートルほど下に滑り落ち、頭などを強く打ちました。同僚の男性が119番通報し、相馬さんはヘリコプターなどで病院に搬送されましたが、その後、死亡が確認されました。相馬さんは当時、職場の同僚7人らと二手に分かれ、登山道の脇から人が足を滑らせて落ちないようにするなどの整備をしていたということです。警察は、一緒に作業をしていた同僚らから話を聞いて、相馬さんが滑落した経緯について詳しく調べています。
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123便の残骸か 相模湾海底で発見 日航機墜落
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日航123便は垂直尾翼の大半やAPUを含む機体後部の部品が未発見のまま、
事故から1年10カ月後に調査が終了

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この映像を見た運輸安全委員会「当委員会としてのコメントは差し控えさせて頂きます」
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123便の残骸か…相模湾海底で発見 日航機墜落30年(15/08/12)
https://www.youtube.com/watch?v=wuN7yj1_ypU

123便の残骸か…相模湾海底で発見 日航機墜落30年(2015/08/12 11:47)
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000056595.html
http://archive.is/JYAjI

乗客乗員520人が犠牲となった日本航空機の墜落事故から12日で30年です。墜落した123便は羽田空港を離陸した後、相模湾の上空で圧力隔壁が壊れました。垂直尾翼など吹き飛んだ機体の多くは海に沈み、今も見つかっていません。ANNは情報公開請求で得た資料などから、残骸が沈んでいるとされる相模湾の海底を調査し、123便の部品の可能性がある物体を発見しました。

先月29日、静岡県東伊豆町の沖合約2.5km、123便の推定飛行ルートの真下にあたる水深160mの海底で撮影された映像です。右側のパネル状の部分は四角形に見え、側面にある黒い部分には数字などが書かれています。カメラとの距離などから調査にあたった専門家は、1.5mから2mほどの大きさではないかとしています。当時、事故調査委員会のメンバーとして墜落の原因を調べた斉藤孝一さんは「この映像だけでは分からない」としたうえで、123便の残骸である可能性を指摘しました。

当時の事故調査官・斉藤孝一さん:「仮に航空機の部品だとすると、『APU』のまわりに取り付いている『コントロールボックス』といわれてるようなもの

APUは機体後部にある補助エンジンで、客室に空気を送ったり電気を付けたりする役割があります。斉藤さんは圧力隔壁の破壊という事故原因は変わらないとしたうえで、残骸が見つかれば事故の状況がより詳細に分かる可能性があるとしています。

123便を巡っては、相模湾上空でのトラブルの際に機体から落ちた垂直尾翼の大半やAPUを含む機体後部の部品が見つからないまま、事故から1年10カ月後に調査が終了しています。国の運輸安全委員会はこの映像を見たうえで、「当委員会としてのコメントは差し控えさせて頂きます」としています。
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1985年8月12日 日航ジャンボ機墜落事故。
犠牲者の身元確認はどのように進められたのか?
http://healthpress.jp/2016/08/dna-22.html

「見たくない人は多かった。でも…」
日航機墜落事故の遺族が、機体保存を望んだ理由【「遺す」とは】
http://www.huffingtonpost.jp/2016/03/10/jal-123-miyajima-kuniko_n_9426370.html
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